2主イリク@幻水3、その2です。
改めて読むとちょこちょこ直したくなってくる……
改めて読むとちょこちょこ直したくなってくる……
門の前に立ったイリクはぽかんと大きく口を開けた。
(……なんて、えらそうなんだ)
最初に抱いた感想は、それ。
立つ人を圧倒するかのようにそびえ立っているのは威容を誇る堅牢な石の壁だった。
上を見上げたまま、一歩、二歩、三歩と下がるが、それでもまだ全容を視野に入れることができない。
さらに一歩。そしてまた一歩。
上を見上げたまま10歩程度下がったところで――どしんと背中に軽い衝撃を感じた。
だがイリクは相変わらず上を見上げたまま、ほぉと息を吐いた。
「ここがブラス城……うちと違って、なんというか、いかついお城だな~」
「そうですねえ」
感心しているような、呆れているようなイリクの言葉に、背後からしわがれた、陽気な声が応える。
次いで、トン、と柔らかく身体が離れる気配がして、イリクは初めて支えられていた自分に気がついた。慌てて振り返って失礼を詫びる。
それを笑って受け流したのは、ティントから共に旅をしてきた商隊の隊長だ。
背後から横へと回った彼は、日に焼けた褐色の腕を軽く組むと、イリクと同じように城門を見上げた。
「デュナンのほうざん城は一つの街という感じですからね。ここはゼクセン騎士団の本拠地だから堅牢な造りになってるみたいです。まぁこの中にも街はありますし、そこは店もたくさんあって結構賑やかですよ」
「騎士団の本拠地か。そう言われてみればロックアックスに少し雰囲気が似てるな」
「あそこもマチルダ騎士団の本拠地ですからね」
切り立った崖を背後に真っ白な石壁を持つ、ロックアックスの威容を思い出した商隊長は城に向かって頷きを返す。
そして、さてとイリクを振り返った。
「イリク様、我々はここにしばらく滞在いたします。イリク様はどうなさいますか?」
「その呼び方はやめてってば。ここまで来て素性はばれたくない」
「私しか知りませんし、商隊の他の者は既に城内ですから心配ありません」
「え…あれ?」
言われて辺りを見回せば、確かに商隊長と自分しか残っていない。
呆けていた時間が思いのほか長かったことを知って、イリクは思わず苦笑した。
改めて商隊長に向き合うと、きちんと頭を下げる。
「悪かった。あなたは今までちゃんと俺を一介の傭兵扱いしてくれたのに」
「護衛として紹介された傭兵があなたと知って驚きましたよ」
「うん、でも助かった。この辺りの地理は詳しくなかったし、こんなに早く着けたのは隊長のおかげです」
「お礼を言うのはこちらの方です。イリク様のお陰で道中積荷が盗られる心配をしなくて済みましたから。リリィお嬢さんに渡すものがなくなっては一大事ですからね」
2人はにこやかに会話をしていたが、商隊長の最後の言葉でイリクの顔に陰が差した。
声のトーンが一段下がる。
「リリィ?…って、言った?」
「ええ。ここで一度落ち合う予定ですが」
「……げ」
ティントの人間である商隊長には聞こえないように小さく声を上げた。
慌てたように数歩下がる。
「ここまで本当にありがとうでもごめん俺はここで別れることにするよ」
「……句読点がありませんが」
「きっ気のせいだよ!」
「どうせならリリィお嬢様にもお会いしませんか?」
「そ、それはマズイ!」
思わず叫んでから、ばふんと己の口に両手を当てた。
意味もなくあたりをきょろきょろ見回して最後に商隊長の顔を見る。
彼の表情を見ると、慌てたように早口で言い訳を始めた。
「いや、マズイってことはない。違うんだ、あの子が自分に正直ないい子だってのは分かってるよ。ただちょっと……」
「ちょっと?」
「……リリィは自分に正直過ぎるから……。なんか、大声で俺の名前を呼んで、思い切り素性をバラされそうで」
「……あり得ますね」
「それで済んだらいいけど、ふらふらしてるなら自分の旅を手伝えと言われそうで」
「……それも十分考えられますね」
「そして俺はそんな押しの強い若い女の子に弱いんだ!」
拳を握り締めて強く言い切ると、低い声で応えていた商隊長が突然ぶぶーっと吹き出した。
強持ての顔が一気に緩み、そうするとからりとした人当たりのよい笑顔になる。
イリクがじとりと湿気の篭った目で見やると、ますます声を上げて笑い出した。
「商隊長ぉ~?」
「しっ、失礼しました!」
くくっと喉の奥を鳴らしながら商隊長はなんとか笑いを収めて姿勢を正す。
「デュナン建国の英雄イリク様がそんな可愛らしいことを仰るとは思わなくて、つい」
「可愛らしいか?おじさんは若い女の子の我が侭が苦手なんだよ」
「そうですね、確かにそうです。私もです」
外見17歳ほどにみえる青年が吐くには不似合いな台詞だが、商隊長はなんとか頷いた。
彼はイリクが誰だか知っている。
若くして国主の座についたが、それから10年以上経っていることも承知している。
それでもどう見ても若者に見える彼と、若者らしくすねた顔をして吐いた台詞とのアンバランスさがおかしくて仕方ない。
「でもイリク様、おじさんというにはまだお若いですよ」
「そうかなあ……」
「男は40まで若者でいられるんですよ」
「そ、そうかあ……?」
「そうです。まあ、でも……そんなことは今は関係ないですね」
「そうそう、リリィのことだよ。年のせいだろうとなかろうと、今会うのはちょっとマズイ。…気を悪くしたらごめん」
「いえ、分かります」
商隊長は笑顔のまま軽く首を振った。
彼は自国の大統領愛娘がどんな娘であるか知っている。
交易の勉強をするだの何だのと言って商隊にくっついてくることもあるから、それはもうよく知っていた。
ティントの人間としては、庇護してくれる隣国の英雄と自国の大統領娘とを面会させるのは悪くない。というかグスタフからは密かにその命も受けている。
だが、そうなればイリクが好む展開にはならないだろうことも充分分かっていた。
自国の大統領か、今目の前にいる隣国の元国主か。
そう思いかけてから、いや違うなと思い直す。
数ヶ月前にティントを飛び出していったきりのリリィは、今ここにイリクがいることを知らない。イリクが護衛の傭兵に紛れ込んでいることは極秘だったから、商隊の隊員達も自分以外は誰一人としてイリクがイリクであることを知らない。
だとすれば、自分が選ぶのは大統領か国主かではなく、気持ちよく別れられるか否か、ただそれだけ。
――迷う要素はどこにもない。
商隊長は懐から封筒を取り出すと、それをすっと差し出した。
首を傾げるイリクの手に無理やり握らせると褐色の顔を綻ばせる。
「ナニ?」
「お疲れ様でした。ここまで商隊を護衛していただいた、その報酬です」
「え、いいのに」
「護衛として同行していただいたのですから、護衛としてお別れといたしましょう。契約は目的地到着と共に報酬を渡すことで終了いたします」
イリクは何か言い足そうに手の中と目の前を繰り返し見ていたが、商隊長のきっぱりとした物言いと両手を背後に回した『返金不可』の姿勢を見て、最後には苦笑しながら頭を下げた。
「ありがとう。有難くいただきます」
「リリィお嬢様には……」
「絶対、俺のことは言わないでください!」
「分かりました」
口の端に苦笑を浮かべて、商隊長は大きく頷いた。
ようやく安心したかのように啍を吐いたイリクは、じゃあ、と背嚢を背負い直した。
「では、本当にここまで有難う。帰り道もどうぞ無事で」
「こちらも遠距離専用の商隊ですからね。多少は腕に覚えもありますよ。場合によればリリィお嬢様と共に帰ることになるかもしれませんし、心配ご無用です」
「……リリィは強いからなぁ……」
「幼い頃にご自分を救ってくれた方の戦いがよほど印象に残ったようですよ」
「俺じゃなく、星辰剣だろう……。すっかり、立派な剣士になっちゃって。ゼクセンの建国パーティーじゃ大立ち回りを演じたそうだね」
「……そんなことまでご存知でしたか」
「なぜかティントからの書簡に書いてあったんだよ。マルロも分からない人だよね」
「……そうですね……」
二人してちょっと遠い目になった時、門の中から商隊の一人が走り出てきた。
「隊長~!こんなとこにいたんですか!サムスが着きました。リリィお嬢様も間もなくいらっしゃるそうですよ~!」
二人の身体が同時にぴくりと動く。
次の瞬間に動いたのはイリク。
外見通りのさわやか好青年の笑みを浮かべると商隊長に礼をとった。
慌てて商隊長もそれに倣う。
「では、俺はここで。お世話になりました」
「あ、ああ。君もご苦労だった」
近づいてきた隊員がイリクと商隊長の顔を見比べた。
「あれ、お前もう行っちゃうの?」
「報酬も受け取ったし、次の仕事があるから」
「そっかー。お前強かったのになー。またティントへ寄ることがあれば顔を出せよ」
「そうするよ」
イリクはにこりと笑うと踵を返し、そそくさと立ち去って行った。
……やけに早足だったことに気付いた商隊長だが、それは追及しないでおくことにする。
「そういえば、隊長。あいつの名前、何でしたっけ?」
「ん?何だっけかな……ああ、ジョウだ」
「そうでしたっけ……?」
「それよりサムスは何と言ってるって?」
「あ、ああ。それが何でも雇った道案内に払う賃金が足りないとかで……」
早足で城門の中へ向かいながら、最後に一度だけ商隊長は背後を振り返った。
そこには、既にイリクの影も形もなかったが。
手を胸に当てると、彼はそっと目礼をして、
「(……道中ご無事で)」
小さく一度だけ、胸の中で呟いた。
あっという間にブラス城へジャンプ。
あと1回くらいは続くかもしれない
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