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3話 その1@ラダト
サイトを立ち上げる前の去年8月、私は幻水IIIをやってました。
その頃に書き散らしていたものを発掘。
連載にしようと思って断念したものです。3を終わらせることが出来る日はいつくるんだろう…

パラレルもので、2主がIIIに紛れ込むの巻。
まずは出立前。
@デュナンで、イリク(2主)、シュウ。





庭でリーリーと鳴いていた虫の声がふと途切れ、シュウは顔を上げた。
ペンを持ったまま考えるように瞑目したのはほんの一瞬。静かに席を立つと部屋を出た。

盆を持って戻ると、先ほどまで自分以外誰もいなかった部屋には一人の闖入者がいた。
机に腰掛け、先ほどまでペンを走らせていた書類を手に持ち眺めるように読んでいる。
軽い溜息を吐いてドアを閉めると、ぱたんという静かな音に闖入者は顔を上げた。
目が合うとにこりと笑ってヒラヒラと書類を振ってみせ、シュウは再び溜息を吐く。

「人を訪ねるのならば昼にしろと言わなかったか?」
「起きてる時間ならいいだろ?あ、お茶持ってきてくれたんだ。ありがとう」
「……他に言うことはないのか」
「こんばんは」
「…………」
「久し振り、かな。元気そうだね、シュウ」
「お前もな。イリク」



サイドテーブルを用意すると、イリクがささっとその上を片付けてスペースを空ける。
シュウがお茶を淹れ、喉を潤すまで二人は無言のままだった。
二人がようやく口を開いたのはシュウが二杯目のお茶を淹れ、イリクが2つ目の肉まんを食べ終わる頃。

「それで、ハイイーストはどうだった。そろそろ落ち着いてきたか?」

シュウの言葉にイリクは軽く目を見張る。
だが驚きの表情はすぐに笑顔へと変わった。

「やっぱバレてたか」
「当たり前だ。動乱は収まったとはいえ、お前の退任で調子づく奴もいるだろうからな。キャロから姿を消した時点で予測はついていた」
右手に椀を持つと口の端ににやりと笑みを浮かべる。
「動乱から3年、お前が国政から退いて1年……そろそろ新政府の手並みが分かる頃だ」
「うっわ、シュウったら意地悪いな~。お舅って感じ!」
「お前の方は相変わらず食い意地が悪いな。何個目だ、それ」
「5個目?せっかく出してくれるんだし食べないとね。あー、で、北だけど、心配することなかったよ。やっぱりテレーズとクラウスに任せて正解だったな」
「そうか。民の暮らしはどんな感じだ?」
「俺達が退任した時と比べてさらに良くなってる。地政官もしっかりしてる人だったし、特に不満は出てないみたいだな。ハルモニアの工作員も完全にいなくなっていた」
「……そうか」
「安心した?」
「いや、当然の結果だ」

微塵も表情を変えずに手にした椀を傾けてお茶を飲むシュウの顔をイリクはじっと見た。
視線に気付いたシュウが視線を上げ、わずかに片眉を上げるとふわりと静かに笑う。

「……なんだ?」
「いや、心配性だなと思って。もう政治に関わらなくて済むと喜んでたくせに、やっぱり気になるんだ?」
「……お前だってそうだろう」
「まあ、俺は戦争率いてハイランド滅ぼした張本人だし?そもそも故郷だし?遊びに行くのも当たり前じゃん?」
「そのついでに視察してくることもな」
「そうそう、シュウが知りたがってるだろうなーと思ってわざわざ来てやったんだから」
「それだけじゃあるまい?本題はなんだ」

シュウの問いに、イリクは黙って手元の書類を持ち上げた。
もう15年以上も前に営んでいた貿易商を再び始めたシュウの、記録や帳面。先ほどイリクが机に座って読んでいたものだ。

「シュウってさ、貿易は南が中心なんだね」
「もともとツテがあるのが南方だからな」
「それでもここは湖に面しているし、湖から川沿いに北へ向かうことも出来るだろ?国政に携わっていた間に北方に人脈を広げていたのも知ってる」
「まぁな。マチルダなどカレリアとの結びつきのある地方もあったからな」

シュウの言葉にイリクは大きく頷いた。

「ティントはグラスランドやゼクセンとも取引があるし、マチルダはカレリアなどハルモニアの南方と取引がある。そのツテで商人ともかなり知り合いになっていたはずだ。……北方に進出しないのは何故だ?というより今年になってぱたりとやめているのは?」
「……短時間でよくそこまで分かったな」
「もともと帳面を読むのは得意だし。それに口うるさい鬼軍師に叩き込まれたからね」
「そうだったな」

勉強はからきし苦手だったのに帳面仕事だけは妙に板についていたイリクを思い出して苦笑する。ナナミと子供二人だけの生活……遠からずそんな生活になることを見越していた養父ゲンカクからみっちり仕込まれたという。
『出来るだけであって好きじゃない』と常々言ってはいたが、妙に数字に強かった。
その家庭レベルの会計感覚を国政レベルにまで鍛え上げたのは自分だ。

「俺の本題は、これ。……北で何が起きている?もしくは起きようとしている?」
「それを知ってどうするんだ?」
「これから行くから、少しでも情報が欲しい」

シュウは手にした椀をテーブルに置いた。コトリと小さな音がする。
「……わざわざ戦乱の中へ向かうのか」
「戦乱が起きるのか」

ぶつかりあう目と目は貿易商と侵入者のものではない。
かつて、お互いに嫌というほどに見てきた軍主と軍師の目。
「まだ、起きると決まったわけじゃないがな。俺の勘でしかない」
「その勘の根拠を教えてくれるよな」

シュウの目線がイリクから離れ、窓とドアへと移された。
その意図を察したイリクが黙って頷く。周囲に人がいないことは既に確認済みだ。
頷きを返してからシュウは口を開いた。

「根拠は4つ。まず第一に、ハルモニアの南方警備隊が完全にこの地方から消えた」
「それは俺も確認したけど、ハイイースト動乱が収まったからじゃないの?」
「それ以前から常に数隊うろちょろしていたが、全てカレリアに集められているらしい。他の地方にいたのも同様だ。……そして第二に、ティントの商隊がまた炎の運び手と名乗る盗賊に悩まされている」
「よくあることじゃない?」
「数が増えている。そして第三に、ハルモニア神官将の人事に変更があった」
「……よくそんな情報まで集めてるね」
「お前を主と抱く身としては気になる国なんでな。細作を放ってある」
「もう宰相じゃないのに?」
「宰相時代に放っていた者が最近になってようやく戻ってきた」
「なるほど。……で、最後は?」
「ハルモニアとグラスランドの不可侵条約が、来月で切れる」
「…………」

視点をテーブルの上に移し、シュウの言葉を頭の中でゆっくりと咀嚼していったイリクはやがて顔を上げた。

「こういうことかな。元宰相殿はハルモニアがグラスランドに侵攻する気でいるのでは、と考えてる?」
「炎の運び手の噂が大きくなっているのも気になる。グラスランドはゼクセンと交戦状態にあるはずだ。下手をすると三つ巴になる可能性がある。……まぁ、まだ可能性でしかないが、貴重な配下を危険に晒したくはないのでな」
「守りに入っちゃって。シュウも年かな?もう40越えたんだっけ?」

イリクが笑って悪戯っ子のように目をキラリと光らせると、途端に気難しい顔になった。
「俺の年のことはいい。―――それで?お前はなぜ、北に?」
「なぁーんか疼くんだよね、これが。一波乱ありそうな気がするんだ」
ひらひらと片手を振ると、シュウの目が曇った。
「…………紋章か」
「そ」
「お前が行く必要はあるのか?」
「分からない。呼ばれてはいないみたいだし」
「じゃあ……」
「でも気になるから。時間ならたっぷりあるし、様子を見てきたい」
「危ないから止めろと……言っても無駄だろうな」
「もう国主でも何でもないもーん」

からりと明るく笑ってみせるとシュウは大きく溜息をついた。
彼が軍主や国主である時でさえ、一度こうと決めた行動を覆らせることは出来なかった。
ましてや今のイリクは一介の市井の人間で何の縛りもない。
同じく市井に下った己に止めることなど出来ないことは分かっている。
だが。

「一人で行く気か?せめて誰か……レン殿は?」
「シュウが知ってる通りだよ。5年前に『南へ行ってくる~』ってふらりと出て行ったきり会ってない。クレオさんによると群島諸国を回ってるらしいけど」
「詳しい場所は分からない……か」
「それにレンはカイトさんが一緒だしね。カイトさんて戦乱には絶対に近づかないみたいだから、二人で旅してる限り北には向かわないんじゃないかな」
「そうか。では他には……」
顎に手をかけて考え始めたシュウを見て、イリクは慌てて腕をぶんぶんと振り回した。
「だーかーら!もう国主でも何でもないんだから、いらないって!下手に誰かがついてくるより一人の方が身も守れるし安全だよ。そんなの頼むために来たんじゃないって!」
「だが……」
「あーもう、お爺ちゃんは心配性だなぁ」
「……俺はまだ41だが」
「俺だって外見こんなだけど、中身はもう32だよ!子供じゃないんだから大丈夫!」
「そう見えないから心配なんだが。……まぁ確かに強さで言えばお前に敵うやつはそういないだろうな」
「でしょ?」

にこりと笑ってわざとらしく力瘤をつくってみせる。
その腕がほっそりしているのを見てまた溜息が出そうになったが、何とか堪えた。

「分かった、止めはしない。だが、手配するものがあるから出立は2日後に延ばせ」
「……いらないってば~……」
少し身を引いたイリクがそのまま去ろうとする気配を感じて、シュウは思わず手を伸ばした。がしりと腕を掴んだまま、真剣な面持ちで目の前の顔を見つめる。

「軍主だろうが、国主だろうが、ただのイリクだろうが、お前は俺にとって生涯唯一人の主だ。心配するのはおかしいか?」

腕を掴まれたイリクの身体がびくりと固まる。
掴んだ手を見、それから視線を上げ、真剣な眼差しを真っ向から受け止めると驚いたようにシュウの手を振り払ってぷいと横を向いた。その耳が少し赤い。
改めて名前を呼ぶと、ふてくされたような顔がこっちを向いた。

「シュウ、その言い方はずるい……」
「俺は、お前のためにならないことはしないし、お前の邪魔もしない。渡したいものがあるから、2日待て」
「……お願いするならなんで命令口調なんだよ」
「気にするな、癖だ。それともきちんとお願いした方がいいか?……イリク殿、」
口調を改めると、途端にぎくりとなったイリクは慌てて手を振った。
「いい、やっぱいい!!分かった、2日後にするから!」
「ほんとだな」
「俺は一度口にした約束は破りませ~ん」

ふてくされたように再びそっぽを向いたイリクを見て、初めてシュウの口端に笑みが浮かぶ。出会ってから15年。その間に戦争を一つ、内乱を一つ、家族を失い親友を失い真の紋章をその身に宿すようになってからも彼の内面は変わらない。大きく成長はしているが、根本的なところは何一つ。……だからこそ、ずっと付き従ってきた。
「そうだったな」
小さく呟きを落としてふっと肩の力を抜いた。

「明日は本を貸してやる。かつてグラスランドとハルモニアの間で起きた炎の英雄戦争を復習しとくのもいいだろう。……一日港で働いてもらうのもいいが」
「両方やるよ。悪いね、小遣いくれるなんて」
「俺の方針として、タダでやるわけにはいかないんでな」
言いながら立ち上がると目線でドアを示した。

「今夜はもう遅いから寝るといい。以前来たこともあるから客間は分かるな?」
「うん。シュウは?」
「俺はもう少しやることが残ってる」
「じゃ、迷惑でなければ俺も手伝うよ」
同じように立ち上がり、茶器を片付けていたイリクは振り返って笑顔を見せた。
「さっき見せてもらったけど、帳簿なら俺にも出来そうだ。単純計算は退屈だろ?」
そこで黙り込んでしまったシュウを見て、遠慮がちに付け加える。
「……他人に商売内容を見られるのは嫌だっていうなら別だけど」
シュウは首を振った。
「違う。その親切心を軍主や国主の時に見せてもらいたかったと思っただけだ」

書類仕事からひたすら逃げ出していたイリクとそれを追いかけ説教していたシュウ。
10年以上も日常になっていた追いかけっこを思い出してイリクは笑った。

「義務じゃなくなると手伝ってもいいかなーと思えるんだよね」
「…………」
「なんでだろ?」
「……俺に聞くな」
「あっ、シュウの白髪が増えて哀れを誘うから?!」
「俺はまだそんな年じゃないっ!!」

いつもは静かな部屋の中に、明るい笑い声が響いた。


 ***

そして2日後。

「さてと。世話になったね、シュウ」
「全くな。食物庫を空にされるかと思ったぞ」
「大げさだな~」

カラカラと笑うイリクの服装は紺と茶を基調にした質素なもの。濃茶のマントをはおい、
背負った道具袋も大きくない、簡素なものだ。金環もその中に入っている。
養父の形見であるバンダナは痛みやすくなっているため数年前からつけていない。
国主の座を退いてからするようになった、ごく普通の旅人の恰好だった。
人の目を引く点といえば、その手にもった大きめの一対のトンファーと肩の上の鳥。

「ナセル鳥って初めて見たよ。俺が名付けていいんだね?」
「ああ。お前が主人だということは覚えさせてあるし、人の言葉を解すからな」
「ふぅん。じゃあ、お前の名前はジョナだ。いいな、ジョナ!」
イリクの呼びかけに肩の上の鳥がピィと高い声で応える。
「ジョナ?」
「ジョウイとナナミの頭を取って、ジョナ。……ふふ、こういう相棒をもらえるとは思ってなかったよ」
「お前は身軽だが、本職ほど偵察は得意じゃないしな。役に立つだろう」
「うん、有難う」
「この家の場所も覚えさせてある。万が一俺の力が必要な時は連絡を寄越せよ」
「ないと思うけど……」
「保険だ」
「そうだね、有難う」
ふわりと笑うと、嬉しい気持ちが伝わったのかジョナが羽をぱたぱたと動かした。
人差し指で頭をなでると嬉しそうにピィと鳴く。
「よろしく、ジョナ」
「ヨロシク、イリク」
思いがけず返事が返ってきてイリクの目が丸くなった。
見守っていたシュウがふ、と笑う。
「言ったろう?人の言葉を解すと。覚えた言葉は喋る」
「へぇ、賢いんだ!」
「国の伝令として使われることもある鳥だからな」

なるほどと頷いて、イリクは道具袋を担ぎなおした。

「それじゃ行ってくるね」
「ああ」

近所に買い物にでも出かけるような気軽さで挨拶を交わすと、あとは振り返りもせずにイリクは歩き出した。
シュウも姿が消えるまで見送るような真似はせず、あっさり家の中へ姿を消す。

どれくらいの間デュナンを離れることになるかは分からない。
もしかしたら数年後になるかもしれないし、もっと後になるかもしれない。
この別れがシュウと会った最後になるかもしれない。
そう思っていても、じっくりと別れを惜しむ気にはなれなかった。
あくまであっさりと、普段と同じように。
―――1年前、互いに国主と宰相を退いてラダトの街で別れた時もそうだった。

見るべきは後ろじゃなく、前。
進むべきは振り返る道じゃなく、歩いていく道。

「北か……。とりあえずハイランドからハルモニアじゃなく、ティントからグラスランド経由でゼクセンに向かうとするか。せっかくティントの商隊の切符をもらったしね」
シュウからもらったもう一つのもらい物をポケットの上から軽く叩いて頭を上げる。

「行きますか、グラスランドへ!」

デュナン、トラン以外の国へ出るのは初めてだ。
それでも胸の中に不安はない。
視界にかすかに入るデュナン湖の煌きに一瞬目を細めて。

イリクは広大な大地に向かって歩き出した。




あと数回続きます。ストック放出。
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2006/10/05 00:49 | Comments(1) | TrackBack() | 二次創作

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コメント

手を加えてません。去年の8月から…。
更新ない間の間もたせ…ですかね。
posted by ノダat 2006/10/05 00:51 [ コメントを修正する ]

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