ブログが生き残っていたので再利用。
(HPはジオシティーズのため数年前に消滅)
10年以上前の主マナアンソロに参加した際のテキストを改稿したものです。
シリーズ:幻想水滸伝ティアクライス
主人公:リードァ
設定:EDから4年後
(リードァ・19歳)
(マナリル・15歳)
(HPはジオシティーズのため数年前に消滅)
10年以上前の主マナアンソロに参加した際のテキストを改稿したものです。
シリーズ:幻想水滸伝ティアクライス
主人公:リードァ
設定:EDから4年後
(リードァ・19歳)
(マナリル・15歳)
******プロローグ******
薄桃色の花びらが一片、くるりと翻った。
ぼんやり目で追っていると、——またひとひら。シャムスの目の前でくるりと表裏を返す。
見上げてみても、それらしい木など見当たらない。視界に入るのは、薄く霞みがかった空だけ。
その全体に、眩しいほど白い光が満ちていた。
——ここは、どこだろう。
そう考えた瞬間、背後から強い風が吹いた。
ざあっと大きな音が耳をつんざく。一斉に動き出した空気が、白い空を一息に押し流し始めた。
風にあおられ、花びらが舞い踊る。
無数の花びらは幾重にも重なり、離れ、また重なり、視界を薄桃色に覆い尽くしていく。
上も下も、右も左もわからない。
動くことも出来ずに立ち尽くしていると、花びらのカーテンは唐突に左右に分かれた。
その先に、別の景色が現れる。
目の前に広がったのは、日光の降り注ぐ明るい草原だった。
草は様々な小さな花をつけ、低い木々がまばらに見える。はるか遠くに山の稜線が連なり、その上に広がった青空には、薄く掃いたような雲がいくつも浮かんでいる。
そして、その草原の中に石畳で出来た広場があり、大勢の人々が楽しげに談笑していた。
シャムスはいつの間にか石畳の広場の端に立っていた。
広場に集っている人々には見覚えがある。というか、全員が見知った顔だ。
彼らに声をかけようと足を踏み出そうとした時、談笑している輪から一人が離れ、こちらを向いて、パッと輝くような笑顔になった。
「(……マナリル)」
呼びかける言葉は声にならなかったが、妹は笑みを深くするとシャムスの傍まで駆けてきた。
『お兄様、見てください!』
駆けてきた勢いのまま、ダンスのステップを踏むように軽やかに回転してみせる。
マナリルが着ている純白のドレスは、腰のあたりから透けるような薄い布地が何枚も重なり、柔らかく広がっていた。胸元には白い花が刺繍され、清楚でありながら華やかな印象を与える。
彼女が回転したのに合わせて裾はふわりとひるがえり、その動きに合わせて、まだ宙を漂っていた花びらが踊るように舞い上がった。
思わず息を飲んだシャムスに、妹ははにかんだ笑顔を向けた。
『……似合っていますか?』
期待と、わずかな緊張を込めて上目遣いに見上げてくる。
シャムスは返答につまった。
似合っているかと言われれば似合ってるなんてものじゃない、あまりにも似合い過ぎてて本物の女神か天使なんじゃないかと疑うレベルである。少なくとも花の妖精であることは間違いない(頭の中でそう考えただけなのに、マナリルはコロコロと笑った)。
しかし——その純白のドレスは、その。一般に、ウェンディングドレスと呼ばれるものではないだろうか?
『そうですよ? 決まっているじゃないですか』
声には出していないはずだが、マナリルは何を当たり前のことを聞くのかというように首を傾げた。
そのまま身体を翻すと、弾むような足取りで一人の男性に走り寄っていく。
マナリルに腕をからめ取られた彼はこちらに背中を向けていたが、耳元で囁かれると身体を反転させ、シャムスを認めてやはりパッと明るい笑顔になった。
その、彼が着ている、白い、礼服。
——嫌な予感がする。
『だって私、リードァさんと……』
「うわああああ聞きたくない聞きたくない!! やめろやめてお願いしますやめてください!!」
「陛下!? どうなさいました!?」
叫びながら飛び起きると、驚いたタージが部屋へ駆け込んできた。
******その1******
一つの道の協会との戦いが終わったのは、今から4年ほど前のことだ。
当時と比べると、城もその周辺もずいぶん雰囲気が変わった。
この世界に現れた時の、『廃墟となって数十年』といった荒廃した佇まいは、もうない。
戦後もこの城に腰を落ち着ける者がそれなりにいることがわかり、大規模な補修工事を行ったからだ。
壁の穴など壊れていた箇所などの修復はもちろん、古い床板は張り直し、内壁も塗り直した。
建物の周囲も整えた。
門はガドベルクが新しく打ち直したし、畑は拡張され、桟橋は2本に増えた。
水が豊富な地の利を生かして巨大な浴場も作られたが、湖を眺める巨大露天風呂は評判で、わざわざ入浴のためだけに訪れる者もいるという。
すなわち、星を宿す者が集う本拠地から、交易の中心地のひとつ・交通の要・観光地へと生まれ変わったのだ。
シャムスがこの城に来るのは、実は、4年前の祝勝会以降初めてだ。
エントランスホールと正門の間に存在していた細長い広場もすっかりきれいになっていて、『まっすぐ走り抜けようとすると衝突してしまう』と一部で不評だった石柱は撤去され、見晴らしの良い石畳の目抜き通りになっていた。
その一角に、シャムスの探している2人がいた。
マナリルは畑から城へ戻るところ、リードァはどこかへ出かけていて帰って来たところらしい。
リードァがマナリルに花を手渡そうとしていたが、マナリルは間口の広い箱を両手で持っていて受け取れず、それに気付いたリードァが箱の中へ直接花を入れていた。
そして、2人は箱を覗き込むと嬉しそうな笑みを交わし合った。
——という光景を、シャムスはエントランスホール入口の陰に隠れて食い入るように見つめていた。
彼の背後にはタージが控え、その横にムバルがいる。
マナリルのためにこっそり確認に、という意味不明の理由を言われてここまで無理やり引きずられて来たムバルは、シャムスの背に向かって声をかけた。
「ご覧の通りです。マナリル様は元気でいらっしゃいますよ」
「…………駄目だよ」
「はい?」
ムバルがきょとんと目を瞬く。
くるりと身体を翻したシャムスは、自分よりも長身なムバルの胸倉をぐいと掴んで引き上げた。
「マナリルのあの格好は何!? 年頃の娘がもんぺに麦わら帽子などと…!」
「先ほどまで畑にいらっしゃったんですよ。土をほじくり返すのにドレスを着る方がどうかと思いますが……」
「それにしても! ああ、なんてもんぺが似合うようになってしまったんだマナリル……! サルサビルに帰って来る時にはきちんとした服をしているから気付かなかった。どうしよう、うちの妹にもんぺがよく似合う……!」
「あの、陛下」
「なんだい!?」
「そんな大声を出すと気づかれますよ?」
ムバルの助言は既に手遅れで、こちらに気付いたリードァが「おーい」と元気よく手を振っている。
今さら隠れるわけにもいかず、シャムスは駆け寄ってくる2人を待つほかなかった。
「突然どうなさったんですか!? もしかして何か……」
「どうした? 何かあったんなら手を貸すぞ」
再会の挨拶もそこそこに国を案じる言葉をかけられ、シャムスは慌てて両手を振った。
休みをもらったから様子伺いに来た、と言うと2人ともホッとしたような笑顔になる。
「なんだ、そうだったのか」
「良かった」
「すみません、心配させてしまって」
「とんでもねえ! よく来てくれたな」
シャムスが数日の滞在を願い出ると、リードァは2つ返事で頷いた。
「部屋は以前と同じで……いいよな、マナリル?」
「もちろんです!」
勢いよく頷いた妹の顔を見つめ、シャムスは微笑んだ。
「元気そうだね、マナリル」
先ほどは妹のもんぺ姿にショックを隠せなかったが、間近で見れば気にならない。視界に入らないからだ。
麦わら帽子の下の素顔は、15歳という年齢の割には大人びているが、キラキラと輝く瞳には落ち着いた聡明さと無邪気な明るさを同時に感じることができる。笑顔であるということと妹であるということを差し引いても美しい。
——ただし。
「お兄様もお元気そうで」
弾んだ声で答えたマナリルの、手にしている箱が、——その中身が、ちょっと気になる。
真っ先に目につくのは先ほどリードァが渡していた花だ。ブーケでもなんでもなく、野から摘んできたそのままの状態だから、茎から先が箱の縁から飛び出して少々くたんとしている。気の利いた状態ではないが、リードァらしいといえばらしくもあり、見て不快になるものでもない。
しかし、問題は元々その箱に入っていたものだった。花の根がぐるぐると渦になっている下の方で、もぞもぞと動いているナニカ。
シャムスの視線に気づいたマナリルは、自分の手元を見下ろすと「ああ」と明るい声を出した。
「ちょうどこの子を畑から運んでいるところだったんです」
「この子……って」
シャムスの頬が引きつっているのに気付かないのか、マナリルは誇らしげに胸を張った。
「大きいでしょう? 今まで見つけた中で一番大きいんですよ、このミミズ!!」
うっわあやっぱり、という声は何とか出さずに済んだ。
あまりに大きいからひょっとして、何か違う虫かとも思ったが、やはりそうだった。
マナリルが軽く箱をゆするとミミズが大きくのたうち、シャムスは思わず一歩後退った。
別に噛まれるわけではないが、虫は生理的に受け付けない。母クレイアは花を愛でるくせに虫はからきし駄目で、どんなに小さくても花に虫がついていると悲鳴をあげた。そのせいか、シャムスにも「虫=気持ち悪い」という図式が刷り込まれてしまっている。
「運んで……どうするんだい?」
「もちろん飼うんです。既に何匹か飼っているんですけど、この子があんまり大きいから」
「…………へえ」
明るく笑うマナリルに何と言って良いのかわからず、シャムスは呆然と相槌を打った。
——どうも、妹がだいぶ野生化している気がする。
日に焼けているのはジャナム人はもともと褐色だから問題ないが、ミミズを愛でるのは年頃の少女のすることとは思えない。年頃の少女どころか彼女はサルサビル王国の王妹で、彼女が望めばいつでも宮殿できれいな物に囲まれて暮らせるのに。
「こっちの花はオレが取ってきたんだ。マナリルへの土産でさ」
リードァが横から補足するのに、シャムスは無言で頷いた。ええ、その様子は覗き見してました。
「で、渡しそびれてたけど、こっちが本命の土産な!」
腰につけていた小さな袋を手に取ると、それを箱の上でひっくり返した。
「わあ!」
マナリルが歓声を上げる。袋からざあっと流れ出したのは黒っぽい土だ。
「すごい、すごいです! ありがとうございます!」
ミミズの姿を覆い隠してくれたのにはホッとしたが、妹がここまで喜ぶのが不思議だった。
好きな人からもらうものはただの花と土でも嬉しいということだろうか。
兄の怪訝そうな表情に、今度はマナリルも気付いてくれた。
「あ、違うんです。私、土の研究をしていて」
「つち?」
間の抜けた声になったと思うが、彼女はにこりと頷いた。
「焼き畑、というのがあるでしょう? ヤディマさんに教えていただいたんですけど」
「なんでそれで土が肥えるんだろうってマナリルが言い出してさ。その理論を応用させようとしてんだ」
「魔道の火を肥料に練りこんで……」
「細かいことはオレには分からねーけど、収穫は増えたぞ」
2人の顔を交互に眺め、最後に後ろにいるムバルを振り返ると、彼も頷いた。
「マナリル様とヤディマさんの共同研究です。2年前から取り組んでいらっしゃいます」
「知らなかった」
ちょっと拗ねるような口調になると、妹は「すみません」と肩をすくめた。
「大したことはしていませんし、成果がなかなか出なくて、恥ずかしくて。それに、お兄様は執政で苦労なさってるはずなのに、私にはいつも楽しいお話ばかりしてくださるでしょう? だから私も、見習わなきゃって」
リードァがくすりと笑った。
「それで帰省前になるとアーニャやモアナと一緒にいんのか」
「だってお2人とも、本当に楽しい話をたくさんご存知なんですよ? 記憶力もよくて」
「知ってる知ってる。あぁ仕入れてんなーと思いながら見てたし」
からかうような口調で言ったリードァが、マナリルの持っている箱を覗きこんだ。
「オレは出かけた先で土や花を拾ってくる係。今回の、花もいーだろ? 根っこがうにょーって長くて、ちょっと蛇みたいだよな」
マナリルも箱を覗きこんだ。
「私は、この子に少し似てるなあと思いました」
「あはは、確かに! なら蛇じゃなくて、でかいミミズだな!」
「ふふ、こんなに大きなミミズがいたら素敵ですね」
「(素敵じゃないよマナリルしっかりして!)」
シャムスは心の中で盛大に突っ込んだ。
土の研究をしているならミ○○(言葉にしたくない)に関心があるのも分かる。わかるけど、関心があるのと愛でるのは別だろう。どうせ愛でるなら他にたくさんふさわしい生物がいるじゃないか。例えば猫とか鳥とか、そうだ今度サルサビルから小鳥を贈ろう——
シャムスの思考がひそかに決意に落ち着いたとき、リードァが「そうだ」と両手を打ち鳴らした。
「シャムスが来たんなら、丁度いいからあのこと言うか」
「えっ?」
「あれだよ、マナリル」
リードァを見上げたマナリルは驚いた表情になったが、その頬がみるみるうちに赤く染まっていった。
「ん? まだダメ?」
「あ、あの……いえ、そんなことは。近いうちに言わなきゃ、って思ってましたし……」
「うん」
リードァが笑顔で頷く。
「お兄様には、最初にお許しをいただかないと……」
「うん。大丈夫、喜んでくれるって」
リードァがマナリルの頭を無造作に撫でると、マナリルははにかむように肩をすくめ、微笑んだ。
「(…………あれ? なんだこれ)」
対するシャムスの方は、次第に青ざめていった。先日みた夢が走馬灯のように頭の中を流れていく。
背中がざわざわする。
これってもしかして。もしかしなくても、この流れって?
「シャムス! あのな、オレたち——…」
「わあああああああ待ってください!!」
反射的に叫ぶと、リードァは出鼻をくじかれたような顔になった。
「なんだよ?」
「う……えっと、あの! 今日はムバルと話すことが沢山ありますので、取り込む話になるのなら明日にしてくれませんかっ!?」
「へ? 陛下、私……もがっ」
抗議の声を上げようとしたムバルの口を、タージが無言でふさぐ。
すかさず横に並ぶと、シャムスはムバルの腕をぐいと引き寄せた。
「そうだよね? ム バ ル」
「っ!! は、はいっ」
ムバルが慌てたように首をこくこく上下に振る。
リードァは2人をじっと見ていたが、「まあいっか」と気の抜けたような声を出した。
「むしろ明日の方がいいかもな。よく考えたら、立ち話ついでにする話でもないし」
そうですね、とマナリルも頷いた。
「私も、それまでにきちんと心の準備をしておきます」
「こ、心の準備!?」
「そうだな。明日までに書類も用意できるかな」
「しょ、書類っ!?」
「……なんなんだよ、シャムス」
「あ、いえ。別に」
リードァが怪訝そうに眉をひそめたが、シャムスは勢いよく首を振った。
「では、お話は明日に。僕たちは一度失礼します。さて行こうか」
「はい」
「……私もですか……」
「当然じゃないか。君に確認したいことがあると言っただろう。……たっぷりと、ね」
「ひっ!? 今の黒い笑み、ちょっとダナシュ陛下が混ざってましたよ!?」
「はは、何を人聞きの悪いことを言ってるんだい」
3人が立ち去ると、残された2人は顔を見合わせた。
「お兄様、どうなさったんでしょう?」
「さあ? でもあいつ、王様だもんな。いろいろあるんだろ」
「そうですね」
頷きあうと、2人は並んで歩きだした。
「マナリル。そのミミズ、部屋に置いてくるんだろ?」
「はい。着替えもしないと。リードァさんは?」
「モアナんとこに報告出してくる。あとホツバのおっさんに頼みたいこともあるから、それも片付けてくる。夕方にはリウがこっちに来ると思うから、そしたら例の打ち合わせをしよう」
「わかりました。お茶はどうします?」
「先に行っててくれるか? モアナとホツバの用件はそんなに時間かからねーと思う」
「ふふ、じゃあ用意しときますね」
「ありがてえ! 楽しみにしてる」
リードァがマナリルの肩をポンと叩いたのを合図に、2人は左右に別れた。
******その2******
「……はあ。マナリル様が結婚なさる夢を見たと。それであんな反応をしていたんですね」
話を途中まで聞いて、ムバルは大仰に頷いてみせた。
盗み聞きされる心配がなく大声を出せる場所ということで、彼らは以前約束の石版があった地下空洞にやって来ている。
「相変わらず妹姫を大切に思っていらっしゃるようで、安心いたしましたよ……」
「そう言うならそんな眼で見ないで欲しいな」
軽くため息をついたムバルは、首を捻った。
「それにしても……」
「なに? ムバルだってマナリルに幸せになって欲しいでしょう?」
「もちろん、マナリル様の幸せは私にとっての幸せです。そうではなく……陛下はマナリル様のお相手がリードァさんだったら不服なのですか? 失礼ながら、むしろお2人を応援する側かと思っておりました」
そもそもの始まりとして、マナリルを魔道院から連れ出すようリードァに頼んだのはシャムスである。
それ自体は緊急事態として他に方法がなかったからでもあったが、その後も妹を頼むと何度かお願いしているし、一つの道の協会との戦いが終わった後、この城に残りたいと言ったマナリルのために人知れず奔走したのは他ならぬシャムス自身だ。
「……不服というわけじゃないよ。リードァさんはマナリルに良くしてくれているし、頼れる人だ」
「だったら」
「でも、あんな夢を見たら話は別だよ」
「お2人が結婚なさることまでは考えてなかったということですか。まあ、まだお若いですしね」
シャムスは床を見つめて唇をかみしめた。
「それだけじゃ、ないんだ」
「と言いますと?」
「……僕も、……たんだ……」
「はい?」
きょとんとしてると、シャムスは勢いよく顔を上げた。
「だから、婚礼衣装を! 花嫁のドレスを! 僕も、着ていたんだよ……!!」
「……………はあ?」
「わかってないな!?」
「だって、それは一体どういう状態ですか」
わけがわかりませんよと続けようとしたムバルが、ハッと口を抑えた。
「まさかそれが、陛下の、深層心理での願望……!? あいたっ」
タージからの脳天チョップを食らって頭を抱えたムバルにシャムスは冷ややかな目を向けた。
「他人事だと思ってるだろう」
「そりゃあ……」
「それは違う。僕だけじゃないんだ」
「そ、それはどういう」
「マリカさんもメイベルさんも、モアナさんもジェイルさんも僕もお前もタージも! みんな花嫁衣裳を着てたんだ。リードァさんは、星を宿す者全員を嫁にする結婚式をしてたんだよ!!」
ムバルの口がぽかんと開いた。
「全員……ですか?」
「リウさんとアスアドのドレスの露出度の高さったら……! お腹だしすぎだろう、あの人たち……!」
「ぶっっ」
「笑いごとじゃないよ!?」
思わず吹き出したムバルを睨むと、シャムスは声を押し殺した。
「よく考えてみて。リードァさんは、優しい。マナリルにも良くしてくれている。だけど、マナリルにだけじゃないでしょう? あの人は僕たち全員に良くしてくれる。男も女も、老いも若いも関係なく、ね」
「……それは、確かにそうですね」
「マナリルの気持ちは僕だって尊重したい。けど、マナリルにとって特別な人には、マナリルを特別に思ってもらいたいんだ。他の人にするのと同じように大事にしてくれるってだけじゃ、大切な妹を嫁がせられないよ!!」
「嫁ぐ云々はまだ先の話だと思いますけど」
反射的に突っ込んでから、ムバルは顎に指をかけてふむと考え込んだ。
シャムスが不安になった理由はわかった。——が。
「やっぱり、心配なさるようなことはないと思うんですけどねえ」
「とにかく、せっかく休暇をとってきたんだ。今日はリードァさんがマナリルを特別大事にしてくれるかどうか確かめる。協力してもらうからね」
「……はあ」
顎から指を離すと、ムバルはやれやれというように肩をすくめた。
「わかりました。お気の済むようになされば良いと思いますよ」
シャムスは力強く頷いた。もちろん気の済むようにするつもりだ。
「そこで、教えてくれ。次に僕はどこへ行けばいい?」
「そうですね……上でしょうか」
ムバルは曖昧に天井を指差した。
「書の部屋?」
「屋上です。今日は良い天気ですし、間違いなくいらっしゃると思いますよ」
************
確かに、2人は屋上にいた。
リードァとマナリルの間には簡単なティーセットが用意されていた。大きめの皿の上にはクッキーが盛られ、ポットから温かそうな湯気が立ち上っている。
何かおかしいことを聞いたのか、マナリルがころころと明るい笑い声を上げた。
それに微笑みを返して、クッキーの皿へ手を伸ばし、「うん、うまい」と——
ノーヴァは満足げに頷いた。
「(なんで!? なにしてんのあの人!?)」
「(あがが、落ち着いてください陛下)」
がくがくと頭を揺さぶられているムバルの横で、タージは冷静に3人の会話に聞き耳を立てていた。
「(リードァ様が『おっさんのクッキーは世界一だな』と褒めておられます)」
「(クッキーってあの人の手作りなの!? マナリルは!?)」
「(今度私にも教えてくださいね、と)」
「(健気だ、我が妹……!)」
くっと目頭を押さえるシャムス。
ちなみに彼らは、階段から屋上へと出る扉の陰に隠れている。
「私は、お2人だけでとは申し上げませんでしたよ。リードァさんは出張から帰ると屋上でお茶をすることが多いんです。お茶を用意するのは大抵マナリル様です。そこにお茶請けを持った人や持ってない人が集まって……」
「なんだって?」
「でも、お2人でいることは間違いないんですから」
「いや、全然特別な感じじゃない! もっとこう人目をはばからずマナリルを大事にしてくれるようでないと!」
「人目をはばからず……そう思いますけどねえ」
「あれのどこが!? おっさん混じりじゃないか!」
「あら本当、お父さんたらあんな所に」
ふいに背後から声が聞こえ、シャムスとムバルはぎょっと振り返った。
音もなく階段を登ってきた女性は2人の頭ごしに屋上を眺めていたが、さらさらと流れる髪を後ろへ払いのけると、しゃがんでいるシャムスを見下ろして微笑んだ。
「お久しぶり、シャムスさん。ムバルさんと一緒にかくれんぼ?」
「ソフィアさん……」
「ああもう、お父さんたら空気を読まないんだから」
つかつかと彼らの所に向かったソフィアは、歩きながら「お父さん!」と大声を張り上げた。
「マナリルのところへ持っていく前に、私に声をかけてって言ったでしょう?」
「あ、ソフィア…いや…」
「私が一番最初にお父さんのクッキー食べたいんだからね!」
物陰に隠れたままのシャムスがあれ?と思う間もなく、ソフィアは、おろおろしているノーヴァの前にどすんと腰を下ろした。
「マナリル、あの小さな生き物はもういいの?」
「ミミズのこと?」
「その名前は言わないで! マナリルのことは好きだけど、私、虫だけは駄目なの……」
「あ、そうでしたね。ごめんなさい。ええ、もういいの」
「よかった! 今の話題もあの生き物じゃないわよね?」
「クッキーを食いつつ、おっさんの盆栽話を聞いてたとこだぜ」
「やだお父さんたら、また盆栽自慢をしてたの?」
「だって、お前が褒めてくれたから嬉しくてな……」
「もう!」
シャムスは、嬉しそうな声で怒っているソフィアを遠くからぼんやり眺めた。
「ムバル……」
「なんですか?」
「人数が増えたけど」
「そうですねえ。陛下、我々もあの輪に入りませんか?」
「だめだよ! 2人の様子を見たいのに!」
「ここは屋上へと続く唯一の出入口ですから、そのうち見つかりますよ?」
「うー……」
ふう、とムバルがため息をついたところで、また新たな声が背後からかけられた。
「シャムスさんにタージさんじゃん。どしたの? 珍しいね」
「ハッ!? リウさんこそどうしてここへ!?」
「リードァに話があって、今着いたとこ。しばらくこっちにいるんだけど……上に行かねーの? リードァたちいるよね?」
「あ、いえ……あの、今日はムバルと3人で話がしたくて。屋上なら誰もいなくて気持ち良いかなと思ったら人がいたから、別の場所にしようかと考えていたところで」
「そうなんだ?」
「だからリウさんは僕らに気にせず、どうぞ」
リウは首を傾げていたが、シャムスが道を開けると、じゃあまた後でと手を降って通りすぎていった。
「おーい! あ、お茶してる? オレも混ぜて混ぜて」
リウが声をかけると、すぐにリードァが立ち上がった。
「リウ! 待ってたぞー! 一月ぶりじゃねえか!」
「オレがいなくて寂しかった?」
「めちゃくちゃ寂しかった!」
「オレもー!」
ぎゅうと固く抱き合ったリードァとリウを眺め、シャムスは一歩後ずさった。
「あの……陛下……?」
「やっぱりリードァさんは駄目だ……!!」
「あ、ちょっと陛下!」
くるりと身体を翻して駆け出したシャムスを、ムバルは慌てて追いかけた(タージは言わずもがな)。
屋上では、のどかなお茶会が続いていた。
「そーいえば、シャムスさん来てるんだね?」
クッキーを口に放り込みながらリウが言うと、リードァがそうそうと頷いた。
「丁度いいから、明日あの件のことを話そうと思ってさ。書類の準備できる?」
「まーたお前は突然そーゆーこと言う。忙しいのよ? オレ」
「わりぃ!」
「……悪いと思ってねーだろ」
「へへへ」
「まあ、いいよ。オレもそろそろだと思ってたしね」
リウは、次のクッキーに手を伸ばしながらマナリルに顔を向けてにっこり笑った。
「良かったね、マナリル」
************
「駄目だ……やっぱりリードァさんにマナリルは……!」
3階のホールまで下りたところで、シャムスは頭を抱えていた。
「リードァさんはマナリル様を大切になさってますよ?」
「でも、どう見ても特別には扱ってないよ…!」
「そんなことは……ただ、あの方たちは……」
何かを言いかけたムバルが、きゅっと眉を寄せて黙り込んだ。
「ムバル?」
「……陛下。こちらで少しお休みください」
「こちらって、書の部屋?」
「ええ。今は部屋を分割して、手前が私の、奥がマナリル様の研究室になっています」
「マナリルの……」
「あ、ミミズをたくさん飼育されてるので苦手なら覗かない方が良いですよ」
「!!」
奥を覗き込もうとしたシャムスが慌てて頭を引っ込める。ムバルは苦笑しながら、自分のスペースに置いてあるソファを整えた。
「寝たフリで良いので。野暮なことになる前には起きていることをアピールしてくださいね」
明日まで待てばいいんですけどね、と呟いて彼は再び苦笑した。
****** その3 ******
名前を呼ばれた気がして、シャムスはまどろみの中から抜け出した。ただ横になっているだけのつもりだったが、本当に眠ってしまっていたらしい。瞼を開く前にパタンと静かに扉がしまる音がしたが、それは頭のすぐ近くで、マナリルの個室との間にある扉だと気が付いた。
いつの間にか、あたりは暗い。そして、扉の向こう側に人の気配があった。
「お兄様、まだ寝ていらっしゃいますか?」
「ああ。疲れてたのかもな。晩飯も食わないで」
声の主はマナリルとリードァだ。もともと一つの部屋を分割しているせいか、扉は目隠し程度の役割しか果たしておらず、奥の声はまる聞こえだ。
「今日はあんまり話せなかったんじゃないか?」
「……お兄様はご用事があったのですから、仕方ないです」
少し沈んだ声に、シャムスの胸がつきんと痛んだ。
「明日、たくさん話ができるといいな」
「はい」
耳を澄ませる。盗み聞きははしたないことだとわかっていたが、聞き耳を立てずにはいられない。
「……リードァさん?」
「ん?」
呼びかけに応えてリードァの足音がマナリルの声の方へ近づいて行く。どきりとしたが、すぐにくすくす笑う声が聞こえた。
「ほんと、でかいな。このミミズ」
「比べてみると一目瞭然ですよね。いい色です」
「(またミミズか……!)」
緊張していただけにがくりときて、シャムスは寝転がったまま頭を抱えそうになった。
なんだこの2人は。どうしていつもミミズなんだ。正直口にするどころかその単語を考えるだけでも嫌なのに、この半日で一生分、いや控えめに言っても半生分は聞いた気がする。マナリルはなんでそんなに虫が好きになってしまったんだ。お兄ちゃんそんな子に育てた覚えはありません!(育ててないけど)
——と、楽しそうな笑い声が、唐突に止んだ。
「……これで、始められるな」
リードァの声が変わる。静かな、低い声だった。
「ヴェアルは、形が見えてきてた」
マナリルの声もひそやかなものになる。
「昼にいただいた花、あれはヴェアルに咲いてたんですね?」
「わかった?」
「ファラモンに行って、ヴェアルへ行かないわけがないもの」
「だよなあ」
「あれだけ根を深く張る花なら、群生させることも可能だと思います。元々あの土地は戦乱と土砂崩れで荒れただけですから、土地の表面を変えれば」
「ああ。アスアドが頑張ってくれてるよ」
「ありがたいです。アストラシアでのお仕事もあるのに……」
「いや、それがクロデキルドが全面的に協力するって言ってくれてさ。なんかごちゃごちゃした書類ももらったけど、それは今リウが見てる。ラロヘンガも、アストラシアとスクライブが中心になってくれるってさ。まあ、その方がいいだろ」
「……では、もしかして?」
「言ったろ? 始められるって。すげーいいタイミングでシャムスも来たしな」
静かな会話を聞きながら、シャムスの胸はどきどきと音を立てて鳴り出した。
「(……なんの話を)」
しているのか。シャムスの頭は、2人の会話から既に理解していた。
昼、マナリルは魔道を活かして肥料を作っているのだと話していた。収穫量が上がったと言っていたが、単にそれだけを目的としているものではなかったのだ。城の畑で試し、ヴェアルの荒野でも試した。
——土地を、活性化させることができるか否か。
リードァが持ち帰った花がヴェアルの荒野で咲いたものであれば、その答えは明瞭だ。
そして、次の段階に入ろうとしている。西はラロヘンガで、アストラシアとスクライブの協力を得た。ならば、自分に話したいこととは。それは————
「ジャナムに、緑を取り戻す」
きっぱりとした声が響いた瞬間。
ぞくりと、シャムスの背に震えが走った。
「……始められるんですね。計画を話す、だけではなく」
「ああ。書類は、明日までにリウが用意してくれる。ラロヘンガと同じであの砂漠は今どこの国の領土でもないけど、サルサビルには話を通しておかないとな」
「そうですね。……さっきも思いましたけど、リウさん大丈夫ですか? 着いたばかりでしょう?」
「そろそろだと思ってたから準備してたんだって。それより水の魔道を使った肥料はどうだ?」
「城の畑を使った実験では今のところ問題はありません。ただ、砂漠が相手だとまだ不明なところも多くて。地下に水脈があればまた別なんですけど」
「それだけどな。実は、帰りにノフレトとバルザムに話を通しておいたんだ」
「え?」
「砂漠の方は、オアシスを拡げてくことから始めたいって以前に言ってたよな? オアシスがあるってことは、地下に水があるかもしれねえってことだろ。地質調査はあの2人が得意そうだと思ったからさ」
「ありがとうございます。……本当に、いつも」
「オレにできることをしてるだけだぞ。考えるのはマナリルに任せっきりだし。で、地質調査だけど、ノフレトが乗り気でさ。実は来週手伝いに行くことになった」
「リードァさん自身が行くんですか?」
「ああ。だってマナリルが頑張ってるのにオレが何もしないわけいかねえじゃん」
「リードァさんだって……あんなに依頼が来ているのに、それをこなしながらラロヘンガやジャナム砂漠に行ってくださってるじゃないですか」
「マナリルがいるから、だってば。城を空けてばっかでわりーけど」
「ふふっ。同じものを目指してるから、平気です」
マナリルが笑うと、リードァも小さく笑い返した。
「ああ。オレたちの夢だ。マナリルから始まった、オレたちの」
シャムスはきつく目を閉じた。
「(…………そうか)」
どこかで、まだ小さな妹だと思っていた。家族を失って、故郷を失って。この世界でマナリルと血の繋がっている唯一の存在である自分が守ってやらなければ、幸福にしてやらなければと。
いつの間にかこれほど大きくなっていることに目眩のする思いだった。嫁にやる、任せる、というようなか弱い存在ではもはやない。自分には考えつかないような夢を持ち、しかも実現に向けて確実に歩いている。
——大切な人と共に。
「なあ。すげえよな」
リードァの声がまた変わる。今度は底抜けに明るい声だった。
「何がですか?」
「マナリルを中心に、この世界に緑が広がっていくんだ。今はこの城とヴェアルの一部だけだけど、次にラロヘンガ、そしてジャナム」
「リードァさんがいるからです。魔道を攻撃に使うのではなく、人の生活に役立てるって……」
「言い出したのってマナリルだろ?」
「リードァさんですよ。エル・カーラルで浮いてる家があったのはなんでだって言い出して。結局わかりませんでしたけど」
「ムバルのおっさんが知ってると思ったんだけどなー。魔道研究にも専門があるなんて初めて知ったよ。でも、オレは疑問を言っただけだろ? そこから、家を浮かせることはできなくても魔道の力で何かできないかって言い出したのはマナリルだ。やっぱすげえよ。世界中が、マナリルから緑になってくんだ」
「そんな……」
「で、その最初がオレな!」
「え!? 緑になったんですか?」
マナリルの声が裏返る。リードァは弾けるように笑った。
「あはは、そう! だってオレが一番太陽に近いだろ?」
「太陽?」
「マナリルのこと」
「……お城を空けてばかりですけどね」
マナリルがからかうように言う。
「でも、いつだって太陽の方を向いてるぞ」
言い返した声が、どこから誇らしげに響いた。
「だから、オレが世界で一番、緑色に染まってるんだ」
「(……ああ)」
シャムスは静かにため息をついた。これが、自分の聞きたかった答えだ。ちっとも甘くない告白だけど。
マナリルからの応えはなかった。リードァが名前を呼ぶと、しばらくしてから「…もう」と小さく呟く声が聞こえてきた。
「なら、私だって、とっても、とっても緑色です」
「マナリルは太陽だってば」
「……リードァさんが光合成をするとしたら、吐き出される酸素はきっと希望という名前ですね」
「そうありたいな」
くすりと笑ったリードァが、立ち上がる気配がした。
「じゃあ、光合成だ!」
「え?」
「ちょっと、太陽成分が足りない気がする」
「……リードァさん」
照れたような声の後、カタリと物音がした。
静かに感動していたシャムスは、そこでようやくハッとした。
「(あれ、この先は僕が聞いちゃまずいんじゃないの?)」
野暮なことになる前に起きたことをアピールしろと言われていたが、既に充分野暮すぎる事態になっている。
「(ど、どうすれば…!?)」
頭の中が真っ白になったまさにその瞬間、部屋の扉が——書の部屋とホールをつなぐ扉がノックされた。
「陛下、お目覚めでいらっしゃいますか? 寝室の用意ができましたので……」
「(グッドタイミングだよ、タージ!)」
ガタガタッと慌てたような物音がする。やがてシンと静かになった後、二度目のノックでシャムスは身体を起こした。
その後、奥の部屋を覗くと、リードァどころかマナリルの姿まで消えていた。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
「いや、さっきまでここにマナリルとリードァさんが……」
「ああ」
頷いたムバルが苦笑する。
「マナリル様なら、すぐ下りていらっしゃいますよ」
「下りて?」
2人して窓から木を伝ってリードァの部屋に移動したのだと知ると、シャムスは今日何度目かに頭を抱えた。
マナリルが大切にされているのがわかったのは嬉しいけど。2人の夢も、2人のことも、心から応援する気持ちになったけど。
「やっぱり、妹が野生化してる……!!」
それだけは、どうしようもなく確かなことのようだった。
******エピローグ******
薄桃色の花びらが一片、目の前でくるりと翻る。
風とたわむれるように、シャムスの周囲でひらり、ひらりと。舞い散る花の向こうに、白いドレスを着たマナリルが笑っている。
いつか見た夢の光景。
シャムスは、静かに大きく息を吐き出した。
「(…………なんで、気付かなかったんだろう)」
ここは、ジャナムだ。
ジャナム帝国ではない。現在サルサビル王国の北側に広がっているジャナム砂漠の、砂漠ではない姿だった。
なだらかな丘が重なっているはるか彼方に小山が連なっているのが見える。そのどれもが、若草色に萌えている。
足元の石畳にも見覚えがあった。融合からかろうじて生き残った、ジャナム帝国の大広場。石と石の隙間から育った草が、風と共に揺れている。
宮殿跡には巨大な樹木が根を下ろしている。あたりに舞っている花びらは、この樹に咲いた花のものだ。
この地に根付いた草木たちは、大地から水を吸い上げ、太陽の光を浴び、酸素を宙に吐き出していた。
耳を澄ませば鳥の囀りが聞こえてくる。虫の羽音が聞こえてくる。
たくさんの小さな命が、ここで生きているのだと高らかに謳っている。
たくさんの人間も。
かつて共に戦った仲間たちが、喜びの声を上げている。
自分が着ている服も、周りの皆が着ている服も、婚礼衣装ではなく、ただ純白なだけだった。
それは、輝くほどの——希望の色。
その中心に、2人がいた。
こちらに気付いたリードァが照れたようにくしゃりと笑う。
隣に並んだマナリルは、シャムスに向かって大きく手を振った。
『お兄様! 私、リードァさんと……』
——希望に満ちた未来のある日。
それは、いつか必ず来るだろう。
—完—
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