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寒い日に
1日過ぎたけど、テッドの日記念。
激しく暗い一人旅。



天も地もない、ただ一面に広がる白色の中を、色を持った一点が移動していた。
小さな足は物憂げに上げられ、仕方ないというように下ろされる。歩く速度はひどく遅かったが、絶え間なく続けているおかげでのろのろしながらも確実に前進している。

寒さは足元から身体の中に忍び入り、大腿骨を伝って肋骨を上り、内側から腸や胃や肺をぎゅっと締め付けていた。かすかな風が吹くたびに、ほんのわずかな振動が心臓を揺らし、少年はあえぐように口を開ける。息を吐けば、蒸気を含んだ吐息が口の周りをわずかに温める。だが次の瞬間、それはより一層の冷気となって顔にへばりついてきた。

寒い。
寒い、寒い。サムイ。
頭の中で繰り返されるのはただ一言で、やがてその一言すら凍えていく。
たった一枚でいい、身体を包む温かな毛皮が欲しかった。
たった一枚。それだけが望むもの。
たった一枚分の暖でいいんだ。
それが手に入らないことよりひどいことなんてない。
凍えきった心には、一枚の毛皮以外に浮かぶものはない。
「(このまま凍え死ぬのかな)」
ぼんやりと死を思い、それから今まで出会ってきた数え切れない死の別れを考えてみようとしたが……うまくいかなかった。

当時は理解できなかった、そして後から胸を引き裂かれるような悲しみを覚えた祖父の死。
森の中で最初に出会った、初めてのソウルイーター犠牲者となった男性。
初恋の少女。
守ってみせると誓った幼い少年。
そして……紋章の呪いを知りながら、それでも共にいようと笑った青年。
心が壊れるかと思った、そして壊れた、数々の別れ。
決して癒えやしないと思った悲しみ。彼らに生きていて欲しいと思った痛切な願い。

その願いと、毛皮一枚を目の前に出されてどちらかを選べと言われたら、今の自分は恐らく毛皮を取る。おそらく比べてみようと考える前に。分かってしまった真実に、少年の心はさらに凍えてひゅっと小さく縮こまった。

それほど生きたいのかと問われれば、そうではないと断言できる。
ただ、耐えられないだけだ。この寒さに。

右手だけが、どくり、どくりと音を立てている。だが、それは少年にまったく暖をもたらさない。宿主である少年が弱れば弱るほど、それを補おうとするかのようにエネルギーを欲して禍々しい力を撒き散らしているが、それを抑える余力は残されていない。
だらりと右手をたらし、左手でその肘をつかんで、少年はただ足を運ぶ。
暖が欲しい、ただ一枚の毛皮が欲しい―――


2日後の夜、少年の瞳は小さな村の灯りを見つけたが、その場でとうとう倒れ込んだ。
遠ざかっていく意識の中に浮かんだのは、懐かしい祖父の顔でも死ぬなと泣いてすがった青年の笑顔でもなく……温かそうな皮のマント。
そんな自分を愚かだと言う声をかすかに聞いた気がしたが、その直後、地面を震わした轟音に対する感想を抱く前に、彼の意識は闇に落ちた。



3日目の朝、うっすらと目を開けた少年は、凍死しなかったことを僅かに安堵しながらきしむ身体を起こした。
昨晩は気付かなかったがすぐ近くに今にも倒れそうな小屋があるのを見つけ、よろめきながら入ったそこで希望を発見した。
なめした鹿の皮を縫い合わせた、おんぼろの毛皮の外套。
それにくるまり、安心した吐息を漏らす。干し肉の朝食を取って毛皮の中で手足を動かしていると、やがて頬にわずかながら桃色が戻ってきた。
「(生きのびた)」
正気に戻った彼の意識がささやく。また、生き延びてしまった。
「(だが今のところ、それはそれで良しとしよう)」
毛皮は手に入れた喜びは、自分でも予想しなかったほど大きかったから。



少年は小屋を出た。桃色を取り戻した頬を両手で軽くはたき、数日間俯きっぱなしだった顔を上げた。村は近い。今日の昼には。

だが、そこで彼の目に飛び込んできたのは村の残骸だった。
少年はもう一度頬を両手ではたく。ついでに目もこする。何をしても、一度視界に入った景色は変わらない。
「(昨日の轟音…)」
かすかに残っていた記憶が、目の前の事実と結び付いた。
地面を震わせたあの音。雪に押しつぶされた村の残骸。雪崩以外にあり得ない。

雪崩は自然現象だ。それに居合わせるとは、不幸な事故に他ならない。
だが、昨晩?
自分が倒れた、まさにその時に起きた不幸な事故?


呆然と立ち尽くす少年の耳に、満足気なげっぷの音が聞こえた気がした。
身体の横にたらした右手に残る、かすかな熱。
自分に思いがけない毛皮をもたらしてくれた、あの小屋の持ち主は、今何処にいる?

『身体はあの雪の下に。魂はこの胃袋の中に』

カチカチと鳴り始めた歯の隙間から絶望の悲鳴がこぼれ出る。
かすれた声が耳障りな不協和音を立てる風と共に空へ飛んだ。



そして、正気は再び、狂気に変わる。
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2007/10/11 01:30 | Comments(0) | TrackBack() | 二次創作

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