とりあえずここまで。
1軸で、テオとカシム。
1軸で、テオとカシム。
次にやってきたのは使者ではなかった。
来訪者の名前を告げられたテオはわずかに眉をぴくりと浮かせ、無表情で部下に指示を与えた。戦場の設営地ゆえに場を整えることには限度があったが、それでも武器や書類が片付けられ、テント中央がさっぱりとする。その後、正式に取次を介し、改めて使いをやると互いに配下を従えて対面した。
久し振りに見る友の顔は、テオの心情に配慮してか起こった事態を憂慮してか、厳しくひきしめられていた。
「久しいな、テオ」
「遠路よく来てくれた―――と言いたいところだが。何用だ、カシム?反逆者の父親を捕らえよとの命令が下されたか」
真顔で言っているので冗談にも聞こえない。テオの後ろに控えていたアレンとグレンシールがぴくりと肩を揺らした。対するカシムも笑顔は見せず、だがゆっくりと首を振る。
「お前が皇帝陛下を裏切らないことなぞ分かっとるわ。勿論陛下とてそれはご存知のこと。此度私が来たのは、お前に新たな命令が下されたことを伝えるためだ」
「……承ろう」
テオの言葉に僅かに頷きを返すと、カシム・ハジルはつるりと髯をなでた。
「帝国五将軍テオ・マクドール、貴殿を反乱軍討伐隊長に任命する。直ちに作戦にあたられよ」
「―――目標は」
「反乱軍の殲滅と本拠地の占領。反乱軍に与する可能性のあるロッカクの里の殲滅も命じる」
「ロッカク……。ではまず東へ行き、それから南下するということだな」
「道順は任せる。歩兵、騎兵の増援は行わない」
「必要ない。現在の配下はどれほど動かしてよいのだ?」
「全軍」
短く答えると、カシムはにやりと笑った。
「そんな顔をするな、テオ」
「どんな顔だ」
「お前の考えていることくらい分かる。この地域は私がまるごと引き継ぐ。それで心配はあるまい?」
「それで隊ごとやって来たのだな。確かに。では明日の昼、敵に攻撃をしかけよう」
「夕刻までには配置を終わらせておく。撹乱後、引き返したらお前はそのままロッカクへ向かえ」
「分かった」
「副官や兵站には変更はない。ロッカク殲滅後、一度帝都へ報告に寄れ。……これが書類だ。確かめられよ」
カシムの差し出した命令書を受け取ったテオは無表情のまま紙面に目を走らせた。
その間にカシムは己の部下に指示を出す。
彼らが全員テントから去った頃に顔を上げたテオはカシムの顔を一瞥した後、振り返った。
「アレン」
「はい」
「明日、都市同盟に撹乱戦をしかける。歩兵と弓兵に戦闘準備を。現時の場所で二の陣を展開。直ちに伝令し準備をさせろ」
「了解いたしました」
「グレンシール」
「はい」
「騎兵と魔法兵はロッカク殲滅の主力で使う。明日の朝、明けると同時に出立。騎兵を2つに分け、魔法兵団を挟め。同時にロッカクへ向けて斥候を出せ。出来れば里の東側で陽動を起こすように」
「反対側に注意を引き付けるのですね」
「そうだ。これも今すぐ取り掛かれ」
「承知いたしました」
その他の部下にもそれぞれ指示を与える。
指示に従うために部下が次々と退室したが、カシムはそれを見送るだけで、テオも何も言わない。
間もなく、テントの中にはテオとカシムの2人だけになった。
「さて、公の話はここまでだ」
「何を聞きたいのだ?カシム」
「決まっておろう。お前の悩みだ」
「心配ならするだけ無駄だ。命令があればそれに従う、私はそれだけだ。ましてや陛下の勅命とあればな」
それに対する返事はせずに、カシムは膝の上に両肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せた。
土の床をじっと見つめていたが、やおら目だけを上げてテオの顔を鋭く見上げた。
そして口元を軽く隠したまま、低い声音を発した。
「お前の息子……首魁に立ったぞ」
「知っている」
「クワンダに続き、ミルイヒまでが落とされた」
「それも知っている」
「…殺せるか?」
「当然だ」
ためらいもみせずに即答したテオに、カシムは一瞬何か言おうとするかのように口を開いた。
だが、結局言葉の代わりに小さな息を吐き出しただけで、彼は肘を解いて顔を上げた。
「反乱軍には、マッシュ・シルバーバーグが軍師としてついている」
その言葉に、興味を惹かれたようにテオの片眉がぴくりと上がった。
「ほう。お前が狙っていたのではなかったか」
「まんまとお前の息子に邪魔をされたわ」
「それは悪いことをしたな」
「奴は帝国軍の動きを知っている。注意してかかれよ」
「小細工を弄したところで私には勝てん」
テオの言葉にカシムも頷いた。
優れた軍師を得れば軍の力は何倍にもなる。それは承知しているが、それも「知」を生かすことの出来る軍、そして軍師を生かすことの出来る軍主がいればこそ。
その軍主となっているはずの少年の顔を、2人の熟練した武将は同時に頭に思い浮かべた。
「分からんものだな……。大人しそうな印象があったものだが」
「確かに文官でも通用しそうではあったがな。武将の器はあると思っている」
「この親馬鹿めが」
「客観的な判断だ。……あと数年もすれば、マッシュも使いこなせる将になれただろうに」
「惜しいな」
「致し方あるまい。既に起ってしまった」
「ふむ。それでお前はどう見ている?」
「どうとは?」
「なぜ、反乱軍の首魁なぞになったのだと思う」
「…………」
ふいに口を閉ざしたテオに対して、カシムはふっと口元を和らげた。
「心配せんでも報告なぞしない。友として聞きたいだけだ」
「……酒でも呑もう」
「ああ」
「酒に酔って独り言を言うかな」
「勝手に話せ。私は聞かん」
カシムは席を立つと、酒瓶と酒盃を2つ持って戻ってきた。
無言のまま杯に酒を注ぎ、それをテオに手渡す。
そして残った杯に溢れるほどの酒を無造作に流し入れた。
「あいつは……潔白すぎるのだよ」
酒盃に向かって、テオはぽつりと呟いた。
テオをちらりと見やりながら、カシムは無言で杯をあおいだ。
「帝都から外に出さなかった私の責任もあるかもしれんな。……あの目に、国の汚れを映したくなかった。グレッグミンスターの治安は良いし、我が家を訪れる将校たちは比較的まともな人間ばかりだった。だから、あれは……恐らく知らなかったのだ。この国の現状を」
「臭いものに蓋をする、か。お前らしくもない。やはり親馬鹿だな」
「聞かないんじゃなかったのか?」
「酔っ払いの独り言だ」
テオは苦笑すると、手の中の杯を一気にあおり、新たな酒をそこへ注いだ。
「お前の言う通りだろう、私は愚かな親の一人だった。それでも出来得る限りの教育は施したつもりだし、武術もやらせた。仕官後に国の現状を知れば、きっと憤る。そして国を変えていく柱となる……と、そう思っていたのだが」
「その通りになったではないか」
「全くな。こういう方法で国を変えていこうとするとは思わなかった。オデッサ・シルバーバーグに唆されなければ、反乱軍の首魁などには収まらなかっただろうに」
「あの女に唆されたと考えているのか?」
「レンは芯が強い。シルバーバーグが2人いなければ流されることはないだろう。……何を言われたかも想像がつく」
「それでも殺せるというのだな」
「くどいぞ、カシム」
テオの目が、ぎらりと獣のような光を放つ。
それは親の目ではなく、一人の武人の目だった。
「反乱軍に身を投じた時点で既に引き返せない道に入ってしまったのだ。レンとて承知しているだろう。いつか私に殺されることになると」
「それなのだがな」
「……なんだ」
「クワンダが、今では反乱軍の幹部の一人になっていることは知っておろう」
「聞いてはいる。信じられない思いではいるが」
「私も耳を疑った。さらにミルイヒは自ら下ったと言うではないか。だから…」
「だから私も寝返るのではないかと?見損なわれたものだな。言っておくぞ、何があっても私が皇帝陛下を裏切ることだけはあり得ない」
「しかし、一人息子なのだろう」
「だからこそだ」
斬り捨てるように、断言する。
「親子の情などに訴えて投降を言い出したりしたら、即刻親子の縁を切り、討ち取ろう。訴えなければ天晴れと褒めてやり、私自らこの世に引導を渡してやろう。2つに一つだ。他はない」
「分かった。……すまん、余計なことのようだったな」
「いや、それを正直に私に告げたのはお前が初めてだ。皆、心の中で思っているだろうに口に出さん。いい加減嫌になっていたところだ」
「思われているか」
「当然だろう」
「では、行って示してこい。赤月帝国で百戦百勝将軍と呼ばれるその実力を、反乱軍の小童どもに」
「ああ。北の守りは任せたぞ」
「誰に向かってものを言っている」
憮然とした表情になったカシムは、次の瞬間意地悪くにやりと口の端を上げた。
「心配せんでも、シューレンのところへは蟻一匹も通さぬわ」
「ああ。虫一匹でもつくと困る」
「こいつ。少しは照れるとか隠すとかせんか」
「羨ましいならそう言え」
2人は顔を見合わせると、野太い笑い声を上げた。
その後は都市同盟の敵将を酒の肴にしつつ、2人は久しぶりに会った友人らしく夜遅くまでに飲み明かした。
「…本当に、頼んだぞ」
「お前もくどいな、テオ。そんなに惚れたか」
揶揄するカシムに苦笑を返し、杯を空ける。
長年の友といえども、本当の意味を告げる気はなかった。
「(……私の取る道は2つに一つ。だが……)」
ないだろうと思いつつ、テオはもう一つの可能性を考えている。
親子の情などに訴えて投降を言い出したりしたら、即刻親子の縁を切り、討ち取ろう。
訴えなければ天晴れと褒めてやり、自らこの世に引導を渡してやろう。
だが、もしレンがどちらも選ばなければ。
息子は―――恐らく、命をかけるに値する最高の敵になる。
テオの背に、突如ぞくぞくするほどの興奮が駆け上った。
その熱の正体に気付かれないよう、血の色をした酒を一息に飲み干した。
本当は一騎打ちまでのつもりだったんですが、キリがよいのでここまで。
テオとカシムの会話がすごく楽しかった…!(笑)
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